先日の合宿で四段の審査を受けて昇段されたU.S.さんの審査用小論文を、許可を得て掲載します。(23/9/18更新)


「人と世界をつなぐ 合気道と『窓』」

 2001年にソニー合気会/鈴木道場に入門し、早22年。初めてのお稽古で順子先生に手刀を合わせていただいたときに感じた、ズーンと重く揺るがない、 それでいて優しく柔らかい感覚。まるで神社の境内の巨木に手を当てているかのような不思議な体験でした。

 私にとって合気道で最も楽しくワクワクすることは、先生、道場の皆さんはもちろん、日本、世界で合気道を学んでいるたくさんの方々、 老若男女や人種、国籍などに関わらずどんな人とでも、このアタリの感覚を共有し、言葉を超えた身体性を持ってつながっていけることです。 順子先生がいつも話される「練りあい」という言葉。どんなときでも、誰とであっても、その一つの技、動作を通じてお互いのベストを尽くし、気を練り合うことで、 「ああ、楽しかった!」「いいお稽古ができた!」とそういう気持ちになれるようにする。 先生がおっしゃるこのことは、まさに世界中の人と人をつなぐことができる合気道の真髄そのものだと感じています。

 一方で私は、1999年ソニーに入社して、合気道を学びながら共に続けてきた一つの研究があります。

 それは、距離の制約を超えて人と人があたかも同じ空間にいるような自然なコミュニケーションができる、 いわば”どこでもドア”のような製品に関する研究であり、テレプレゼンスシステム「窓」(まど)と呼んでいます。 昨年2022年にソニーを卒業してMUSVI(ムスビ)株式会社を立ち上げ、この「窓」を通じて人と人、空間をつなげる事業を展開しているのですが、 オフィス、医療・介護、教育、地域創生といった様々な現場で「窓」を開いていくなかで、合気道の稽古で学んできたことが深く根づいていると感じることがあり、 今回の審査の機会にその気づきについて、3つほどまとめてみたいと思います。


一、目的のためではなく、存在そのものとつながる

 「窓」は、既存のビデオ会議と何が違うのかということを日々問われるのですが、もともと軍事技術から進化してきたビデオ会議システムは、 《明確な目的を持った言語的な情報伝達》のために設計されており、組織的な上下関係、役割などを前提としているため、実質的に片側ずつしか発話ができなかったり、 環境音や背景の音などを不要なもの(ノイズ)として除去してしまったり、相手の顔や資料の文字といった中心視野的な情報に偏ってしまったりすることで、 人と人との自然な対話とは全く異なる体験になってしまいます。

それに対し「窓」は、《ただ誰かと共に在ることの心地良さ》を最大限に感じられるように設計されており、独自の映像・音声技術によって、目の前にいる等身大の相手や、 周辺の空間の雰囲気をリアルに再現しながら、自然で双方向な会話や身体的コミュニケーションができます。 そのため、小児病院での家族面会や、産科での立会い分娩、介護施設と実家の”同居”、離島の学校、離れたオフィス同士での交流など、 例え言葉を交わすことがなくとも、そこにいる家族や仲間の存在が自然に感じられることで、お互いの関係性の質や安心感などを向上することができます。

合気道は、勝ち負けといった目的を超えて、稽古や日常生活でのいろんな人やモノ、空間といった存在そのものとの出会いに感謝しながら、 「練りあい」を通じて新しい調和や関わり方を探究していくものであると感じており、「窓」はまさにその思いを体現しているものと言えます。 実際に、順子先生に「窓」越しでの稽古を実験的におこなっていただいたのですが、丹田と丹田がつながるような不思議な体験になりました。


二、いい言葉を響かせることで、場を祓い清める

 あたかも同じ空間にいるようなリアリティを伝えあう「窓」を通じて、人と人がお互いの存在を感じながら心地良くあるためには、 ときには相手側の声や環境音、映像の明瞭さを抑えたり、ぼかしたりする「つながり感」を調整することが重要になります。 「窓」が効果的に活用される現場では、接続される双方の空間の雰囲気を感じながら、この「つながり感」をバランスよく調整してくれたり、 「〇〇さん、おはようございます!」「この前はありがとうございました♪」「誕生日、おめでとうございます!」といった、気持ちのいい言葉を響かせたりすることで、 場を整えてくれる”窓守り”と呼ばれる役割が重要になります。

 合気道でも、稽古の場をしっかりと清掃することなどはもちろん、「礼に始まり、礼に終わる」と言われるように、道場に入る時、先生にご指導を始めていただく時、 互いに技をとりあう時に「お願いします!」「ありがとうございます!」といった言葉を、心を込めて声に出すこと、 あるいは舟漕ぎ運動や呼吸法(言霊?!)の稽古でお腹や身体全体から声を出すことによって場が祓い清められ、より良い稽古をさせていただけるように感じます。

 植芝盛平翁先生が「合気道は古事記の実践であり、”祓い清め”をおこなうアメノウズメの働きである」とおっしゃっていたとのお話があります。 まさに天の岩戸のような“閉塞”した状況に「窓」を開き、自らが率先して舞い踊りながら、いい言葉を響かせていくことで、場を祓い清め、居合わせた人たちを元気にしていく。 そういった「窓」開きをMUSVIの事業としても拡げていければと思っています。


三、合気によって、世界中の80億人をつないでいく

 神道における言霊を研究されていた故・七沢 賢治先生に、この「窓」を体験いただいた際に、『「窓」は、言霊を時空間に展開する装置である。 つまり、「窓」は、言霊という宝を運ぶ宝船である...』とのお言葉をいただいたことがありました。 また、他の利用者の方からも「窓」がつながっていることで「風のように、何か”いい気”が流れてくるように感じる」と言われることがあります。 「窓」によって、離れていても、あたかも同じ空間にいるように、人と人の心身の気を合わせ、和合の精神を拡げていくことができれば、 世界中の80億の人たちが、リアルに出会い、つながりあえる社会が実現できるのではないか。 現在「窓」は、日本各地を始め、世界に拡がり始めており、近い将来に宇宙ステーションなど地球の外とも空間をつないでいきたいと考えています。

『 宇 宙 即 我 』

己れの邪気をはらい、己れを宇宙の動きと調和させ、己れを宇宙そのものと一致させることが合気道の極意である、という開祖のお言葉。 これまでの時代に、距離の制約や、身体性を伴わない偏見や意識の壁によって生まれていた争いや対立を、宇宙までつながる「窓」を通じて俯瞰し、 全く想像もできなかったような新しい視点で捉えることで、世界中どこにいても”いい気”がする、ワクワクする未来を紡いでいきたいと思っています。

以上
人と世界をつなぐという観点から、合気道からの学びについてまとめてみました。 これからも、人生の限り、この素晴らしい合気道との出会いに感謝しながら稽古に取り組み、人と人、人と世界をつなぐ「窓」とMUSVI(結び)の実践を続けていきたいと思います。

改めまして、鈴木順子先生、これまで親身のご指導をいただき、本当に有り難うございます。これからも何卒よろしくお願いします。


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